2025年2月、大寒波が日本列島を襲っているさなか、長崎へぶらり、ひとり旅をしてきました。
今回の旅の目的は
1. 長崎ランタンフェスティバル
2. 軍艦島上陸
3. 大浦天主堂
この3つでした。
今回の記事では、2つ目の目的である軍艦島について書いていこうと思います。
やまさ海運の軍艦島上陸・周遊クルーズ
出発まで
なぜ軍艦島を訪れようと思ったかというと、それは。。。

はい、ミーハーですねww
神木隆之介主演の『海に眠るダイヤモンド』を見て、めちゃくちゃ興味を持ったからでした。
軍艦島を訪れるツアーを検索してみたところ、いくつかの会社がヒットしました。
その中で私が選んだのは、やまさ海運さんでした。
結論として、この会社を選んでとてもよかったと思っています。
さて、私が長崎に行こうと決めたのは、1月上旬でした。
やまさ海運さんの「軍艦島上陸コース」にネットで申し込むことにしたのですが、2月の5日にするか、6日にするかで激しく迷いました。
どちらでもよかったのですが、なんとなく「どちらかしか船が出ない気がする」という予感めいたものがありまして(笑)
結局、直感で6日の午後便に決めた次第です(午前便は朝寝坊することを考えて、避けました)
出航当日!
結局、シケが理由で2月の4, 5日については午前便も午後便も欠航、6日も午前便は欠航となりました。
6日の午後便はどうなるだろうかと、起床時からずーっとやまさ海運さんのHPをチェックしていました。
ホテルで朝食をとっていたら、窓越しに雪がはらはら舞い降りてきているのを目にし、
「あ、もうこれは欠航だな」
と一旦は諦めたんです。
ですが出発予定時刻の2時間前に、やまさ海運さんからメールが来て
「軍艦島に上陸することはできないが、代替運行として、120分間の軍艦島周遊コースを実施する」
とのことでした!!
こういう感じで、やまさ海運さんはマメにメールで連絡をしてくださいますし、HPの情報更新も早いんです。
しかも、「上陸しないんじゃあキャンセルしたい」という方に関しては、キャンセル料なしにキャンセルを受け付けてくださるということで、親切な計らいだなぁと感じました。
私は一瞬迷いましたが、せっかくだし。。。と、周遊コースに参加することを決めました!
出航まで(長崎港ターミナルビル)
出航時間は13時で、チケットの販売開始が12時。乗船開始時刻が12時40分でした(←ここめっちゃ大事です!)
路面電車の「大波止」駅で降り、海の方へてくてく歩くと、やがて大きな船が見えてきました。

(注:この船に乗るわけではありません)
11時40分頃ターミナルビルに到着するとすぐに窓口に向かい、「乗船者名簿」に必要事項を記入しました。
12時からチケット販売開始ということで、現金払いとそれ以外の支払い方法に分かれて列を作ります。
私はトイレをささっと済ませ、10分前から並びました。
なんと、先頭でした笑
チケット代は、周遊コースだと大人4,000円です。

チケットを入手したら、12時40分の乗船時間まではフリーなのですが、、、
良い席をゲットしたいのであれば、すぐに桟橋へと向かいましょう!(当日係員さんが案内してくれます)

(乗るのは、こちらの船です↑)
私は絶対に良い席をゲットしたかったので、雪がちらつく中、一番最初に桟橋へと向かいました!(ちなみに、並ぶのは細い通路の方です。私は最初間違えました)
先頭で立ったまま、ひたすら35分ほど待ちます。
ただ、他の乗客の方たちが皆さん気さくな方で、わいわいと写真を撮りあったりおしゃべりをしたりしていたら、35分はあっという間でしたね。
長崎港からいざ軍艦島へ!
いざ乗船!
12時40分になると、係員の方がチケットを回収します←記念に写メ必ず撮っておきましょう!
私は前もって「進行方向に向かって右がオススメ!」という情報を仕入れていたので、
乗船と同時に船の後方から外に出て、上に登り右側をゲットしました。
ただ、乗ってみて思ったのは、右も左もそんなに変わらないのでは?ということでした。
というのも、軍艦島を周遊する際には、まずは左側の乗客が見やすいように、次に右側の乗客が見やすいようにと、公平に周遊してくれるからです。
それに、左側に座ると、軍艦島を見ながら日本語で生のガイドを聞くことができます。
右側は英語だったんですよ~。だから、むしろ左側に座った方がよかったかもしれません。
ただ、これは周遊コースの話であって、上陸コースだと事情は異なるのかもしれませんね。

(出航すると、出島ワーフの前を進んでいきます)
ただ、隠れキリシタン処刑の地である高鉾島や、美しいリゾートアイランドである伊王島(実は12年ほど前に訪れたことがあります)が非常によく見えたことから、やはり右に座って正解だったかもしれません!

高鉾島

マリア像と神ノ島教会

伊王島
酔い止め薬よ、ありがとう。。。
船が外海に出たと同時に、めちゃくちゃ揺れ始めました。
ジェットコースターに乗ると、胃のあたりがふわっと浮く感覚がありますよね?
あんな感じです(大汗
私は乗船前に酔い止めを飲んでいたので大丈夫でしたが、自信のない方は服用されておくことをオススメいたします。

雲が低くて手が届きそうでした。なぜこんなに雲が低いのか、ご存知の方がいらしたら、ぜひ教えてください。
さぁ、軍艦島が見えてきましたよ!

波しぶきをあげて進む船。
寒くて寒くて、厚手の手袋をして中にちっちゃなカイロを入れていたにもかかわらず、もう手の感覚がなくなりそうでした。
隣の女子は、なんと手袋なし!!(驚)
私はかなり厚着をしてカイロを貼りまくって行ったのですが(ブーツの中にもカイロをイン)、それでも復路はガタガタと体が震えだして「本気でやばいのでは?」とめっちゃ不安になりました。。。
いやー、2月の、しかも大寒波襲来中の外海を舐めてはいけませんね(涙)

(船が揺れていたため、写真が斜めってしまいました)

上陸できていたら、このあたりから上陸していたはずです。

生で見た感想としては、建物と建物の間隔がめちゃくちゃ狭いということでした。
最盛期には5,300人がこの小さな島に住んでいて、当時の東京都の人口密度の9倍だったそうです!
昔の映像を見ると、首都圏もなかなかの人口密度だったと記憶していますが、あれの9倍だなんて!
ドラマで見たときも思ったのですが、住民にはプライバシーなんてほとんどなかったんじゃないかな、と。。。
それくらい、みんな「家族」だったのかもしれませんね。

今回、フェリーで周遊させてもらったことによって、いかにこの島が「外海に浮かぶ孤高の島」なのかがよーく分かりました。
島の周囲はぐるりとコンクリートの壁で囲まれていますが、それでも海が荒れたときには波がゆうに壁を乗り越えていたのではないかと思います。
ドラマでもそのような場面が描かれていましたが、住民の方の恐怖はどれほどのものだったのかなって。
私だったら、おかしくなってしまいそう。
それくらい、「大海原にぽかりと浮かぶ小さな島」でした。
1974年に閉山されたということで、私が生まれてまもなくして無人島になったということなんですよね。
私の両親くらいの人たちが、身を寄せ合って暮らしていたんだろうなって想像したら、なんだか胸が熱くなりました。
炭鉱夫の方たちの仕事、私はドラマでしか知りませんが、坑内は気温30度、湿度95%だったそうです。
想像を絶するほどの過酷な環境だったんだろうなって思います。
おわりに
「百聞は一見にしかず」
この目で(震えるほどの寒さと揺れと戦って)しっかり見ることができて、本当によかったと思っています。
でも真冬の海は過酷すぎます。
体力に自信のない方は、もう少し穏やかな季節に訪れることをオススメいたします。
さて、復路ですが。。。
私は寒さに耐えきれず、船内の席に移動しました。
驚いたのは、船を漕いでいた(眠っていた)人が少なくなかったということ。
係員の方たちは、手にエチケット袋を持って通路を練り歩いています。
・・・それくらい、酔ってしまった人が多かったのだと推察します。
さて、無事下船すると、私は一目散に眼の前にある「ゆめタウン」という商業施設に駆け込みました。
もう、、、おトイレが限界でしたwww
(船内にもあったのですが、船酔いした人が使っていただろうなと思うと、ちょっと入る気がしなかったんです)
無事用を済ませた後、ミスタードーナツでしばし休憩することにしました。

(上陸証明書の代わりなのかな? 軍艦島の写真を記念にいただきました)
ミスドのカフェオレがこんなに有り難いと思ったの、人生で初めてでした。。。
高校生のアルバイトなのかな? 初々しい店員さんにおかわりを入れていただきました。
「あぁ! あったかい。。。ミスドありがとう。。。涙!!」
いつまでもいつまでも、あったかいマグカップを両手で包んでおりましたとさ。
と、視線を感じ顔を上げると、私と同じようにマグカップに手を当てている男性が!
「――お互い、お疲れ様でした。。。」
心のなかで、私はその方に声をかけたのでした。

これは、やまさ海運さんの窓口で販売されていたマグネットです。
ランタンフェスの期間中に販売される限定品だそうで、思わずゲット!
350円でした。二種類ありましたよ。
この「福」の文字が逆さまになっているのは「倒福」といって、縁起が悪いことでもなんでもないそうで、中国ではわざとそうする風習があるそうです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。