自分を好きになれない?~「0か100か」で考えるクセ~
先日、お悩み相談のプロ、演出家の鴻上尚史さんの言葉を記事にしました。
今日は、「自分を好きになれない」と苦しむ女性に対する鴻上さんのアドバイスをご紹介したいと思います。
鴻上尚史氏のアドバイス
相談内容
鴻上さんのもとに寄せられた相談内容は次のようなものです。
ざっくりまとめました。
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A子(病院受付 22歳)は幼い頃は活発で、わがままな子だった。
そのまま成長し、中学生のときにその無神経な行動を批判されたり陰口を叩かれ、初めて「自分が間違っていた」ことを知る。
その後、精神不安定な状態となり心療内科に通う。
現在の仕事環境は良好で、精神的にも安定している。
しかし、冷静に考えられるようになった今、自分の行動や考え方などで直すべきところに気づいてしまった。
そんな自分がどうしても好きになれない。
両親には「自分を認めてあげて」と言われた。
しかし、
自分はなんで卑屈なんだろう?
どうして変われないんだろう?
価値のない人間だ…
そう思い続けてきた自分にとって、「自分を認める」ことはとても難しい。
だめなところだらけの自分を認めて、好きになるなんてこと、できるのでしょうか?
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このような相談内容でした。
鴻上尚史さんのアドバイス
上記の相談に対する鴻上さんのアドバイスは次のようなものでした。
すべて引用すると長いので、私の方ではしょって記載します(太字は私が付けたもの)。
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好きな友だちや好きなアイドル、ミュージシャンを思い浮かべてみて。
その人達には何の欠点もないのですか?完璧な人間なのでしょうか。
そんなことはないですよね。その人達にも欠点やダメな部分もあるはず。
他人の場合は「ダメなところ」と「嫌い」という感情はイコールにならないのでは?
それに対し、自分の場合は「ダメなところ」があると「嫌い」という感情に繋がっているのではないですか。
この「嫌い」という感情は、「好き」の感情を裏返したものだと感じます。
自分が大好きだからこそ、自分のちょっとしたことが許せなくて、自分が大嫌いになるのだと思います。
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鴻上さんのアドバイスはまだまだ続きます。
ここで出てくるのが、「0か100か」の考え方がはらむ問題点です。
「0か100か」で物事を考えること
「0か100か」についての個人的見解
私は以前、「0か100か」の考え方について記事を書きました。
自分はこういう考え方をするタイプではないのですが、一時期、周りでよく「私は0か100かで考えてしまう」という声を耳にしていたため、記事にしてみたのです。
上の記事で、自分はなぜ「0か100か」で物事を考えないのか、その理由を2つ挙げています。
そのうちのひとつは、
「人生は思うようにはいかない」と知っているから
というものです。
「0か100か」で考える人は、<理想としている自己像>と<現実の自分>の隔たりを許すことができていないのかなと感じます。
まさしく上の相談者A子さんもそうです。
私の場合、そもそも人生は思い通りにはいかないものと半ば諦め(?)ているので、自分に過剰な期待はしていません。
100やるぞ!と決めたところで、実際にできるのは50くらいなものでしょう。
それでも、0よりははるかに実行できているわけです。
少しでも前進できたなら、「意外とやるな!」と自分を褒めてあげてもいいのではないかと思っています。
(詳細は、ぜひ上の過去記事をご覧くださいね)
「0か100か」についての鴻上さんの見解
先程の鴻上さんのアドバイスの続きです。
ここからは、「0か100か」の話になっていきます。
原文を引用します:
「0か100」というのは、申し訳ないのですが「子供の思考」です(大人でもこの考え方をしてしまう人が多いんですよね)。
「自分を認めてあげて」というご両親のアドバイスはとても素敵ですが、これは自分を「100点」として受け入れてというアドバイスになってしまうと僕は感じます。
(中略)そろそろ、「自分が大好き」と「自分が大嫌い」の、ふたつにひとつではなく、「この部分はちょっとだめ」「ここはけっこういい」「これは私はだめだと思うけど、たぶん、世の中の人はそう思わない」と、0と100の間、48点とか72点とかで、人生と向き合う生き方を選んでもいい時期じゃないかと思います。
やがて、「ふむ。私って、自分であきらめるほど悪くはないし、期待するほど良くもないか」なんて、やわらかく自分と向き合える日が来るんじゃないかと思います。
「自分を好きになれない」と苦しむ22歳女性に鴻上尚史が説いた“好き”と“嫌い”以外の生き方〈dot.〉(AERA dot.) - Yahoo!ニュース
要するに、自分のことを好きになれないというA子さんに対して鴻上さんは、
- 「好き」と「嫌い」で自己を判断するのではなく、
- 自分を細分化して、冷静に「ここは優れている」「ここは改善の余地あり」と部分的に点数をつけることで、
- 自分と向き合い、自己を受け入れるべきだ。
と言っているのですね。
私はこれまで鴻上さんの「0か100」かについての見解を耳にしたことはありませんでしたが、偶然にも似たような考え方をしていました。
私も、上にご紹介した過去記事で述べたように、自分に過度な期待をしていません。
人より優れているかな?と思える部分もあれば、しょーもないやつだなお前は!と呆れてしまう部分もあります。
これについては98点だけど、あれに関してはマイナス80点だなとか、しょっちゅう思っています。
マイナスがついた点については、直さなきゃと思ってはいるのですが、なかなか実行に移せず。
そしてまた、自分に呆れるのです。
それでも、
「まぁ私は○○については98点だから、総合的に見れば100点だな」
くらいに思っています(笑)。
自分のことが好きか嫌いか
鴻上さんは、自分を好きか嫌いかという「0か100」で考えるのは、子供っぽいといいます。
確かにそんな気もしますね。
ここであえて、自分のことが好きか嫌いかと聞かれたらどう答えるかな~?と考えてみました。
私は、間違いなく「好き」と答えます。
なぜならば、自分のことを心の底から愛してくれる人なんて、そうそういるわけがないので、自分くらいは<私って最高!>と思ってあげないと、自分が可哀想だなと思うからです。
頼んでもいないのに、この世にオギャーと生まれた日から約50年。
毎日毎日、起きては何らかの行動をし、たえまなく生きること約50年。
ほんとうにお疲れ様です、私。
そんな自分を愛してあげなきゃ、自分が気の毒すぎると思うのです。
まとめ
今日は、鴻上尚史さんのお話を紹介させてもらいました。
自分には人より優れている点もあれば、劣っている点もある。
でもそんなの当たり前で、みんなそんなもの。
何十年もがんばって生きているのだし、人様にもひどい迷惑はかけていない。
総合的に考えたら、私ってなかなかなんじゃない?
めっちゃ期待できるほどの人間ではないかもしれないけれど、悪くもない。
おつかれ!自分。
そんなふうに自分を労りながら生きていきたいですね。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
皆さん、良い一日をお過ごしくださいね😊
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